はじめての方へ | 英語教室 栗東市

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世界から日本へ、日本から世界へ

ここ数年、日本を取り巻く環境は大きく変わりました。

経済大国と言われた華々しい日本は遠い昔、と思えるほどの新興国の台頭。

そこへ多くの自然災害や大事故がさらに追い打ちをかけました。

しかし、今こそ日本の底力が試されるとき、これまで培ってきた有形無形の優れた技術を継承しつつ、外国への発信力を強固にすることで日本の復権は叶うと、私は信じています。

そしてそのために「次代を担う子供たちにはぜひとも英語力を!」と、私の心の中でその叫びは日増しに大きくなっていきました。

小さな島国であっても、インターネットが発達した現代では私たちは外国がどのように日本を見ているか、世界の中での日本の地位はどう変化したかなどをつぶさに知ることができます。

それらの情報からは、たしかに今、日本は苦境に立たされていると言っても過言ではありません。

そこで、さまざまな難問が山積している現状の打開策は何か?と問われれば、その選択肢のひとつは広く世界に打って出ることだと、私は考えます。

そして、そのときに語学力が必要なのは誰もが認めるところでしょう。

しかし、現在の日本の英語教育は、いまだ発信力よりも理解力が重視されていると感じます。

ペーパーテストでの選別に重点を置き、実務とはほど遠い指導がなされていることも否めません。

これでは自信を持って、堂々と世界で渡り合える人材など育つことは難しいのではないでしょうか。

これら現状を認識したうえで、私は、これからの子供たちに必要な「発信力としての英語」を多くの子供たちに教えたい。

それが、現在の私の信念であり原動力です。

外国=宇宙=夢のまた夢

思えば不思議なことです。

私は学生時代英語に対して何の興味もなく、一生外国に行くこともないだろうなどと思っていました。

なぜなら、私が育ったところは田園風景の残る超田舎。

そして、外国人を見たことも日本語以外の言葉を聞いたこともない環境で育ち、外国に行くと言うのは夢のまた夢、宇宙に行くのと同義語という感じだったからです。

そんな私が今「英語、英語!」とその必要性を叫び、英語講師をしているとは…。

運命の不思議さに驚くばかりです。

私が英語に目覚めたのは、今から約40年前のドイツ旅行がきっかけでした

大学をめざして勉学に励んでいた高3の秋、私を大きな不幸が襲いました。

兄が突然、交通事故で他界したのです。

婚約者に会いに東京に行き、その帰りにたまたま出会った中学時代の友人に「帰りは僕の車で帰る?途中まで乗せてあげるよ」と誘われ、彼の車に同乗。

実家まで数キロのところで運転を替わった兄の運転席めがけて、ダンプがぶつかってきたのです。

兄は両親にとってたった一人の男の子、しかも父の経営する書店を継ぐことも決まっていました。

大切な長男を亡くした両親の嘆きは深く、その姿を見ていた私はせめて私が両親の手助けになるなら、と大学進学を断念することにしました。

しかし、自分の意志とはいえ突然の方向転換で目標を見失った私は落ち込んでしまいました

一旦、大学を諦め、父の仕事を手伝うと決めたものの志望校に向かって猛烈な受験勉強をしていた私は、目標が目の前から滑り落ちる虚無感から抜け出せず、すっかり落ち込んでしまいました。

悲しみを振り払うかのように、一生懸命仕事に打ち込んでいる私を見て、父は親としての不甲斐なさを感じたのかもしれません。

ある日「幸ちゃん、ドイツへ行ってみないか?」と国の交流事業である西ドイツ(当時)への派遣団に応募するよう勧めてくれました。

そのときも、外国に興味のなかった私は、正直乗り気ではありませんでした。

しかし、父の好意を素直に受けるのも親孝行のひとつと思い、ともかく東京に試験を受けに行き、運よく選ばれました。

はじめての海外旅行。

今から思えば笑い話ですが、出発前には親類縁者が集まり盛大な壮行会が開かれ、最後には万歳三唱で送り出されました。

 

江戸時代の「水盃(みずさかずき)」と言う言葉まで出て、上を下への大騒ぎ。

出発の際には、両親が羽田空港まで仕事そっちのけで見送りに。

本当に楽しい思い出でした。

こうして、私は約1か月間、日本と西ドイツとの青少年交流が目的のドイツ旅行に参加しました。

その旅行で私の大転換となる大きな収穫がふたつもありました

はじめての海外旅行は、毎日が驚きと興奮の連続。

その中で、大きな収穫がふたつありました。

ひとつ目は、日本以外の国を知る大切さです。

本でしか見たことのないヨーロッパの人たち、素晴らしい風景、日本とはまったく違う暮らしぶり。

これじゃ「ものの考え方」も違うはずだと妙に納得。

お互いを知るってとても大切、頭の中で「相互理解」と言う言葉が何度も浮かびました。

ふたつ目は、外国語を学ぶ大切さです。

国は違えど心は同じ、緊張からか体調を崩した私を心配していろいろ親切にしてくれたドイツの人たち。

その人たちにお礼の言葉さえ出てこなかった私は、もどかしさと恥ずかしさで「あーあ、英語を習っとけばよかった…」と心の底から後悔しました。

“ホームシック”と的外れな返答をするのがやっと

無我夢中のドイツ旅行も終盤にさしかかり、私たちは思い出にと有名な「ライン下り」に招待されました。

その船の中で、私は、自分の語学力が乏しいために会話らしい会話ができなかった不甲斐なさでいっぱいでした。

情けなくて、何だかとても悲しくなってきました。

 

一人ぽつんと船室のはしっこで涙ぐんでいる私を見て、そこに長身の素敵な金髪の男性がやって来て「Why are you crying? 」と聞いてくれました。

しかし私は、その理由をうまく説明できず“ホームシック”と答えるのがやっと…。

「よーし、日本に帰ったら絶対英語ペラペラになってみせる!」

ふたたび海外旅行の機会が

英語へのきっかけとなったドイツ旅行から数か月後、私は4年半付き合った彼とゴールインしました。

心の中に英語への思いをずっと持ちつづけながら、ともかく主婦業と子育てに専念していた私に、また幸運が巡ってきました。

子供が8歳と3歳のとき、私の街でアメリカの姉妹都市への派遣団員を募集していたんです。

その記事を広報で見つけ「これだ!」と思った私は、アメリカへの熱い思いを一夜漬けで書き、事務局に送りました。

その結果、運よくパスすることができたんです。

そして今度は、アメリカのミシガン州で二軒のお宅にホームステイをすることができました。

ふたつの海外旅行が、私に一生涯の目標(英語)を与えてくれました

主婦、母親でありながら子どもたちを夫の両親に預け、無我夢中で過ごしたアメリカ、ミシガン州での旅。

15日間のアメリカ滞在で、私は日常会話程度の英語を駆使してまた貴重な経験をしました。

アメリカの大きさ広さ、主婦であり職業人でもある女性たちの逞しさ。

そして、異国からの客人に対する細やかな心遣い、明るくて大らかなアメリカにすっかり魅せられました。

しかし、そのときも少し突っ込んだ話をしたくても英語力が貧困だったため果たせず、やっぱり後悔して帰ってきました。

「何としてでも、英語をモノにしなくっちゃ」

先生の英語の発音は日本語みたいやー

それから7年後、私は父の経営する塾で英語と数学を教えることになりました。

それが、私の第3の転換点でした。

ある日、塾の中学生の生徒に英語の発音のまずさを思いっきりからかわれてしまったことがあったんですね。

「先生の発音、日本語みたいやなぁ、M先生はもっと上手やで~」

そのとき、恥ずかしさで顔を真っ赤にして立ちすくんだ私…。

自分に自信のなかった私は、それから生徒との関係がうまく行かなくなり、とうとう登塾拒否一歩手前にまでなってしまいました。

自分の非力に悩み、毎夜、涙で枕を濡らしたことを今も覚えています。

こんなことで終わってたまるか!

しかし、二度の海外旅行で不屈の精神を得た私は「こんなことで終わってたまるか!」と一念発起。

まずは、発音の勉強をすべく『松香フォニックス研究所(現mpi)』の門を叩きフォニックス(発音)の講習を受けました。

書店で見つけた「英語、好きですか(松香洋子著)」という本が、私とフォニックスを結びつけてくれました。

そして、大阪まで2週間に一度ワクワクしながら通いました。

そのときの衝撃は、今も鮮やかに覚えています。

「私、こんな本当の発音今まで誰からも教えてもらったことがなかった―(>_<)、英語の勉強でいちばん大事なのにー」

目からウロコとはまさにこのこと、英語ってホント日本語とは違うんですね。

さらに、長年もやもやしていた思いを解消しようと、大学に入って英米文学を学ぶことにしました。

これは、結婚のときの夫との約束でもありました。

講師、塾経営、主婦、母、妻、そして学生とハードな毎日でしたが、仕事人間の夫が思いがけなく全面的に協力してくれました。

そのおかげで、日々高まる英語への情熱に疲れも吹っ飛び、生きているよろこびを噛みしめながら英語に没頭できました。

私は、英語を単に言葉として捉えるのではなく、英語の根源的な意味を知ることが大切だと思っていました。

そこで、大学で英語をより深く学ぶことにしたんです。

そのおかげで、英語圏の歴史や文学を学ぶことができ、そこに住む人々の意識やものの考え方も理解することができました。

このとき、英語にかなり近づけたと感じましたね。

日本の子ども達に本当の英語力を、外に向かう勇気を

私にとって英語は、今も登りつづけている山です。

私は、自分の経験を通して日本の子どもたちに本当の英語を知ってもらい、つねに外国に目を向ける気持ちを持ってもらいたいと思っています。

そして、そのためにも、私はこれからも英語を極めるために挑戦しつづけたいと思っています。

私は、これまでの数々の経験から、英語の指導法は日本人と外国人講師とのチーム・ティーチングがベストであると確信しています。

Zoomやスカイプ(インターネットを使ったテレビ電話)などを利用すれば、実際に外国人の先生と会話をする機会をたくさん持つことができます。

それにとって、英語力をどんどん高めることができます。

そんな英語のレッスンを子供たちと一緒にしている場面を想像するだけで、私はとても楽しくなります。

そして、英語を学ぶときに忘れてはならないことがあります。

それは、日本人としての自覚を持ち、日本の伝統や文化も守り育てることです。

英語を学ぶと同時に日本の心を大切にする。

私は、この姿勢を忘れず日本の子供たちに明るい未来を提供できるよう、これからも努力して参ります。

かわいい子供たちと、一緒に英語を学べる日を楽しみにしています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

小学生 英語スカイプレッスン MJES
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